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中学時代の恩師に会う、でも会うのは終わりにしたい

雑記

昨日、中学時代の軟式テニス部のメンバー5人で、当時の顧問の先生宅にお会いに行った。一度2008年にみんなと会うときにお会いしていたから、それから16年たっていた。先生は87歳、もうすぐ88歳の米寿を迎えられる。

今は腰が悪く、長く歩けないため電動車いすでの生活をされている。奥様がご病気もあり施設に入られているので、今は一人暮らしだった。ご家族と一緒と思っていたのでなんとなく、ご自宅に行くことで気楽には考えられなかったが、おひとりなのでことの他リラックス出来た。どこかにお部屋を取るよりずーと気兼ねなく話ができた。

87歳でも話はとてもはつらつとされていて、お話はお上手でさすが、校長先生までされたこともあり、声にも力があり、昔のお話を聞くだけでも楽しかった。

中学時代、先生はテニス部の為に学校に来ておられるような先生で、数学の担当だったがいつも体操服で、職員室へ行くといつもラケットのガットを張り替えたりしておられたのを覚えている。生徒も2年上の先輩が、すごく成績が良く優勝、総なめという感じだった、私たちもいい成績をとっていたから、先生にしても、印象深い時代だったのだろう。50年以上たっているのにびっくりするくらい当時のことを覚えておられた。

 私は本当は先生にお会いするのは気が重かった。当時、私たちも成績は良く3年生の最後に団体で優勝し、大きな大会に行けるところまで来ていた。個人でも2位まで取っていた。なのに思い出したくもない。私の父が昔の人で、私が試合から帰った時間が遅く機嫌が悪かったのに、私が浮かれていたため、腹立ったのか、もうテニスはするなと一言言ったのだ、一度口に出したことは何があっても通す。そんな人だったため、次の試合には出るなと言われてしまった。高校の受験にかかわるからと。

先生も自宅に来てくださり、その当時の担任の先生も来てくださり、お話をしていただいたが、とにかく一度言ったら、意地でも変えない人だったので結局それからテニスはできなかった。当時のペアの子にも本当に悪いことをした。ほんとに悪いことをした。それで、そのことは、今でも思い出したくないし、心に釘が刺さっているような感覚があり、そのことを思い出すときりきりする。

 生まれた時から父親とは合わなかったし怖かった。誰にも説明できないくらいいつも頭の上に鬼がいるような生活だったから、当時はさもありなんとあきらめていたが、あとになればなるほど、きりきり、きりきり、その思いの上に覆いをかぶせて隠しているが、確実にまだ下にまだ抜けきらない釘がいまでも存在しているのが解る。

 だから、先生にとってもそれが汚点となっているのだろうと、私と会うのは気遅れされるのではないかと、長い年月が過ぎても、思い出したくない1点ではないかと、、、。昨日もどうだろうな、みんなと同じようにみてもらえていたかな。

長い年月が過ぎて、父親とは正反対の穏やかな夫と結婚して、頭の上の鬼はいなくなり、自由になり、ある程度好きなように生き、年数もその何倍も時間が過ぎ、風化するだろうと思っていたが、そうでもないんだと改めて気づいた。

まあ、でも楽しい時間だった。5人もそれぞれ年を取り、13歳から15歳に出会った人たちが70歳になって、又会いその時の先生と語らい、いい時間を過ごせた。これからも、時代がどうかわり、どんな風に人生が波打つことになっても、そんなことを語り合ったり、又会えていい時間だったねと言い合えたらいいと思う、、、

でも、そう思う気持ちの心の芯の部分に先生と会うのは最後にしたいという思いが、、。チクチク、きりきりする釘がそう簡単に抜けそうにないみたいで、お会いした後、又その思いがよみがえって何日も何日も消えなくて心がひりひりしてしまったので、やはりお会いしないほうが先生にとっても私にとってもいいのではないかと思った。

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