お墓参りで思う
昨日はお墓参りに行った。おぼんより早いがこれから雨が続きそうなのと、人がいっぱいになるので、少しでも人込みを避けた方が良いとおもったので昨日に決めた。でも案外人は多かったように思う。お墓までの道路は渋滞していたし、駐車場に入るのもずーと待っていた。
夫はあまり行くことに乗り気ではなかった。誰かが歌っていたようにお墓には誰もいません。という。そうかもしれない。でも我が家の先祖代々の宗教が浄土真宗でお姑さんから受け継ぐように言われているし、夫は長男なのでお墓も守らないといけないし、檀家にもなっているし。
慣習だけと言えばそうかもしれない。が、だからといって墓じまいして自由にとはできない。勇気がない。そこまでの信念もない。わからない、ただひょっとしたら先祖供養に意味があるのかもしれないし、おろそかにしたら何か悪いことが起きるかもしれない、何もわからない。わからないものは一応慣習でもやっておいた方が良いと、、。
それはお坊さんに無信心と怒られる事かもしれない。しかしそれでも手を合わせる時は一応ではなく亡くなったおじいさんに、挨拶するように無心に祈っている。お墓もきれいに掃除する。だから悪くはないと思うのだが。
そのうちあの世に行ったとき、真実が明らかになるといいな。世界中でいろいろな宗教があり、その為に争う事も多々あり、信じることの素晴らしさも、恐ろしさも、すっきり納得のできる答えがあればいいのにと思う。
今は良いと信じることを疑わずに生きるしかないと思う。ほんとのところは生きている間に確認する方法はないので。



